石垣島のバンナ公園で見れる美しき悲しき花「リュウキュウアセビ(琉球馬酔木)」物語

バンナ公園の散策路を歩いていると、ふと足が止まる瞬間があります。

白くて小さな花が、鈴なりにぶら下がって揺れている。近づいてよく見ると、1cmにも満たない壺型の花がぎっしりと房になって、みんな同じ方向を向いて下を向いている。葉っぱは深い緑でつやつやと光っていて、新芽だけがほんのりピンク色に染まっている。

植物好きなら、きっと立ち止まらずにはいられないと思います。

この花の名前は、リュウキュウアセビ(琉球馬酔木)。ツツジ科の常緑低木で、本土のアセビの近縁種です。そして、この花には知る人ぞ知る、切ない物語があります。


まずはこの花をじっくり観察してみよう

リュウキュウアセビの花をじっくり観察すると、本土のアセビとの違いがよくわかります。葉が厚くてつやがあり、花も少し大きめ。全体的にボリュームがあって、南国の植物らしい力強さがあります。

花期は3〜4月で、枝先に円錐形の花序を出してたくさんの花をつけます。一つひとつの花は壺型で花冠が5裂し、おしべとめしべが花の奥にすっぽりと収まっています。新芽の赤みがかったピンク色も美しく、花と葉の色のコントラストが目を引きます。

項目内容
和名琉球馬酔木(リュウキュウアセビ)
別名オキナワアセビ
学名Pieris koidzumiana
分類ツツジ科アセビ属 / 常緑低木
本来の自生地沖縄本島・奄美大島の河岸岩場
花期3〜4月
樹高1.5〜3m
花色
現在の状態野生絶滅(環境省絶滅危惧 IA 類)
花言葉犠牲・献身・清純な心・危険

学名は Pieris koidzumiana。種小名の「koidzumiana」は、日本植物分類学会の創立者・小泉源一博士に捧げられた名前です。属名の Pieris はギリシャ神話の女神に由来し、英名は “Japanese Andromeda”(ジャパニーズ・アンドロメダ)。なんとも気高い名前ですよね。

ひとつだけ先にお伝えしておくと、バンナ公園のこの株は人の手で植えられたものです。リュウキュウアセビの本来の自生地は石垣島ではなく、沖縄本島を中心としたエリア。なぜここに植えられているのか——その理由が、この花の物語につながっています。


「馬酔木」と書いてアセビと読む、その理由

植物好きならご存知の方も多いと思いますが、「馬酔木」という漢字、これで「アセビ」と読みます。

その由来は毒です。アセビの葉にはグラヤノトキシンという毒性成分が含まれていて、馬がこの葉を食べると神経に作用してふらふらと酔ったようになってしまう。そこから「馬が酔う木」→「馬酔木(アセビ)」と呼ばれるようになりました。

人間が食べても腹痛・嘔吐・痙攣などを引き起こします。さらに驚くのは、アセビの花の蜜を集めたミツバチが作る蜂蜜にも毒成分が移ることがあること。あの清楚な白い花の中に、そんな仕掛けが潜んでいるんですね。

💡 毒を逆手に取った先人の知恵
農薬がなかった時代、アセビの葉を煎じた汁は殺虫剤として活用されていました。シラミ退治や農作物の害虫除けに。毒草も使いよう、というわけですね。

奈良公園のアセビ群落をご覧になったことはありますか?あれはわざと植えたものではなく、シカがアセビを避けて食べないために自然に広がった結果なんです。草食動物が毒草を本能的に認識して避ける——植物と動物の長い共進化の産物ですよね。


野生では、もう存在しない花

ここからが、この花のいちばん切ない話です。

リュウキュウアセビは現在、環境省レッドリストの絶滅危惧 IA 類(CR)に指定されています。これは「ごく近い将来、野生で絶滅する危険性が極めて高い」とされる最上位のランク。しかし実態はさらに厳しく、1983年を最後に野生個体の発見報告がなく、事実上の野生絶滅とされています。

かつてこの花は、沖縄本島や奄美大島の川沿いの岩場に自生していました。石灰岩の岩肌にへばりつくように根を張り、春になると白い花を咲かせていた。その姿を想像すると、なんとも美しいですよね。

絶滅の原因は、台風でも開発でもありませんでした。「あまりにも美しかった」——ただそれだけが、原因でした。

美しい花を求める人たちが採取を繰り返した結果、自生個体は急速に失われていきました。1983年に国指定天然記念物の生育地で若木が1本確認されたのが最後の記録。それ以来、野山でこの花が見つかったという報告はありません。

本土のアセビは毒を持つがゆえにシカに食べられず、奈良公園では逞しく群生しています。同じツツジ科の仲間なのに、リュウキュウアセビは毒を持たず、美しすぎたために採り尽くされた。なんとも皮肉な対比です。

今バンナ公園で見られるこの花は、人の手で守られてきた個体の子孫たちです。野山ではなく、人間が管理する場所にだけ生きている——植物好きとして、そのことを胸に刻みながら見てほしいと思います。


万葉集にも詠まれた、1300年の歴史

アセビは古くから日本人に親しまれてきた植物で、万葉集にはアセビを詠んだ和歌が10首も収められています。奈良時代末期にはすでに庭園に植えて観賞されていたようです。

池水に 影さへ見えて
咲きにほふ あしびの花を
袖に扱入れな— 大伴家持 / 万葉集

「池に影まで映るほど美しく咲くアセビの花を、袖に手折って持ち帰りたい」——1300年前の大伴家持も、アセビの美しさに抗えなかったんですね。その衝動の延長線上に、リュウキュウアセビの絶滅がある、と言ったら言い過ぎでしょうか。

花言葉は「犠牲」「献身」「清純な心」「危険」。英名の “Japanese Andromeda” は、ギリシャ神話で国を守るために生贄にされた王女アンドロメダに由来します。清らかな白い花に「犠牲」という言葉——リュウキュウアセビの歴史を知ったあとでは、この花言葉があまりにもぴったりで、胸に刺さります。


バンナ公園で、ぜひ出会ってほしい

石垣市内から車で5〜10分ほどのバンナ公園は、標高230mのバンナ岳を中心に広がる約290ヘクタールの自然公園。日本最南端の都市公園として、亜熱帯の動植物をじっくり観察できる散策路が整備されています。カンムリワシのバードウォッチングや夜のホタル観察スポットとしても知られていて、植物好きにはたまらない場所です。

3〜4月に訪れたら、ぜひリュウキュウアセビを探してみてください。白い壺型の花が鈴なりに咲く姿、新芽のピンクと深緑の葉のコントラスト——じっくり観察すればするほど、この花の魅力が伝わってくると思います。

そしてその花を見ながら、本来の自生地・沖縄本島の岩場に咲いていたはずの姿を、少し想像してみてください。

🗺️ バンナ公園 基本情報
住所沖縄県石垣市石垣961-15
アクセス市街地から車で約5〜10分 / 新石垣空港から車で約25分
入園料無料(世界の昆虫館などは別途)
開園時間24時間(施設により異なる)
リュウキュウアセビの見頃3〜4月ごろ (2月ごろも見れる場合がある)

美しいから、野生から消えてしまった花。それでも今日も、バンナ公園でひっそりと白い鈴を下げています。

名前を知って、物語を知って、それからもう一度見てみる。植物観察の楽しさって、そういうところにもあると思います。

❀ 参考:GKZ植物事典 / 環境省レッドリスト / 万葉集

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